ESSAY

   
森岡利行

インタビュー「役者からの転身。脚本家ならテレビ。映画なら監督。」 ---リアリティを追求する---


*『鬼火』を観て

映画『鬼火』『チャカ』などの脚本で注目を集める気鋭の映画脚本家・森岡利行氏が読売テレビ制作(日本テレビ系)月曜10時の『ボーダー・犯罪心理捜査ファイル』を執筆。これがテレビデビューとなる。これまで、Vシネマや劇場映画でアウトローを鋭い感覚で描いてきた氏に、テレビに向かう姿勢と作家としてのプロフィールについて伺った。

—『ボーダー』執筆の経緯は。

「読売テレビの山本和夫P(プロデューサー)から、去年の10月期のドラマの時、『鬼火』を見ての僕のタッチで書いてくれないかという話があって書いたんです。その時は結果的に別の方向性で行きたい、僕とはまた別の企画で組みたいと。それで、すぐ『ボーダー』の話が来ました。今回も始めはプロットだけ書いて終わりだと思ってたんですけど、あとから脚本も書いてくれということになって」

—これまでテレビの執筆体験は?

「NHKの脚本研究会に参加したことはあったんですが、それだけです。でももともとはフジのコンクール(ヤングシナリオ大賞)に出しているんです。最終選考に残ってちょっと自信がつきました。第5回です。初めて書いた脚本でした。だから脚本歴は短い。習作というのはないに等しい。それと並行して書いたのがナリオ作家協会の推薦作品になった『エイジ』です。

—フジのコンクールに応募しようと思ったのは何故ですか?

「森岡六太郎という芸名で役者をやっていたんですけど、なかなか食えなくて、子供も出来て、なんとかして食わないといかんと。
 今売れてる某シナリオライターと友達だったんですよ。アルバイト先で知り合って、彼は小説家志望だった。僕は状況劇場で佐野史郎さんや六平直政さんの下にいて、その後やめて小劇場を転々としてたんですよ。小劇場ブームの時で、離風霊船という劇団で結構人気もあって、写真集にも出た。それに彼がコメントを書いたりしていました。30(歳)ぐらいの時、一緒に芝居をしようと戯曲を書いてもらったんだけど、思っていたのと違って、僕が書き直したんです。それで彼が憤慨しちゃったんです。彼はその後、頑張ったんでしょうね、脚本家としてすごく売れるようになりました。僕はその頃、役者として全然売れなくて……金子正次さんやシルベスタ・スタローンみたいに、いいシナリオを書けば、自分が出演できる、みたいなつもりで書いたんです。
 当初は自分が出演するという気持ちもあったんですけど、石橋凌さんとか原田芳雄さんが僕の脚本で演じるのを見てたら、自分が出て質を落としたくないなと(笑)。全然、役者をやる気がなくなってしまいました。(舞台の)演出やってたりすると全部発散してしまいますしね。自分が役をやってるような気になっちゃうし、役者やってるより疲れます」

*『ボーダー』の作り方

—『ボーダー』の企画内容は、依頼のあった時、決まっていたのですか?

「決まってましたね。プロファイラーものをやりたいと。それで洋画のビデオとか見たんですけど、自分ではあまり面白くなかったんです。自分だったらこうするなみたいなことをPとディスカッションしていった。結局、犯人当てとか刑事モノとかいっても、ドラマに出てくる誰かが犯人と決まりきっている。だから、最初から犯人は分かっているようにしたほうがいいんじゃないか、犯人の心理を描いていって、それを主人公がその心理や犯罪を分析していくことにしました。過去のトラウマだったり生活状況だったり」

—犯罪心理へのご自身の関心は?

「『鬼火』では実際に二人殺して、出所してきたばかりのヒットマンを取材してるんですよ。取材すると、そんなに説明しなくても、実際その人がいるわけだから、こんな人ありえないということがないわけですね。山本Pが僕に声をかけてくれたのは、そのへんの心理を『鬼火』を見て、よく理解してくれたんじゃないですか。僕の書いたものでヤクザが出てこないのはフジに応募したのとNHKで書いた脚本くらいですよ」

—毎回、どのような犯罪にするかの決め方は?

「いろんなプランがPのほうにあって、今回はこれで行こうと。それでも書いたものを二本ボツにしてる(笑)。過激過ぎてスポンサーがこれじゃ付かない」

—過激さについて配慮することは?

「現実のほうが凄い。この間の青酸カリの事件と3話の自ら死んでいく話がだぶるので怖いねという話はPとしてたんですけどね。生まれた限りは最後まで生きないといけないんだよというドラマにはしたいなと思います。犯人を死なせるか死なせないか、いつもディスカッションになっちゃうんですよ。ドラマ的には死んだほうが面白かったりするんだけど、それだと主人公が一生懸命動いて、徒労に終わってしまう。そうでない後味のものにしたいなとPと話しています」

—過激な題材は駄目だとか、あらかじめ言われてるんですか?

「いいえ、面白いねとPとやってるんだけど、途中で、考査とか営業とかが全部読むんですね、読売テレビの人たちが。モニターとかもいて。全部読んだ中でいろいろ出てくる。テレビやってて面白いのは、十人いて一人分からない人がいたら、その一人が気になる。なんで分からないんだろうって。映画なんかは分からない奴がいたらほったらかしですよ。わからないほうが面白いとか言って……今やっているのは、逆にその一人にも分からせないと悔しいみたいな感じがありますよね。考えてみると、視聴率のいいものって分かりやすいですよね、『水戸黄門』とか。オリジナルビデオでも一番売れてる『ミナミの帝王』とか、分かりやすいですよね」

—今回のドラマで心掛けてることは他に……

「『デッドマン・ウォーキング』という映画で、死刑は確定するんだけど、弁護士がちゃんと自分のした犯罪を認めさせて死なせてあげるというのがあったんですけど、そういうニュアンスを出してみたい。犯罪を犯すんだけど、じゃあその犯罪はどういう犯罪なのかという、ただ犯罪を犯したやつが悪いというのではなくて、それはどういう犯罪なんだというのを見せていきたいですね。犯罪者に共感してくれということではありません」

—むずかしさは?

「それは主人公と一緒に歩んでいってるなという感じがしますね。犯人と対峙したとき、『他人の心理が分かってどうするんですか、何の役にも立ちませんよ』と言われたりしながらも、死なないような結末に持っていくようにしたいなと思ってます。世の中、殺伐としているから、やりきれないような話にはしたくない。でも、おもしろおかしくではなく、その辺は真剣にやりたいですね。殺人のやり方が奇抜だったりで注目されるんじゃなくて、ただ過激だけじゃ成立しない。そのへんはスタッフみんな気を使ってるし。また制限もあります。血は駄目だとか、ナイフは駄目だとか結構苦しいところは苦しいですね。画で出せないぶん、言葉で陰惨さを伝えることによって、視聴者のイマジネーションをかきたてられればいいんですけど」

*映画との違い

—そのほか書く上での注意点は?

「映画と違うのは、ドラマのほうが書いたことをキチっと撮ってくれるから、曖昧に書いたら駄目ですね。映画のほうは曖昧に書いておいても、監督の撮りたいカタチが監督の頭の中にあるから、勝手に撮る。テレビでは、ちゃんと書いておかないと駄目ですね。低予算の映画だったら、『雨が降っている』と書いておいても予算がないから雨降らすのやめようとなっちゃいますけど、書いておくだけ書いておこうと……テレビでそう書いたら、極力、雨は降らせてくれますか
ら」

—他に映画やVシネとの違いは?

「テレビの場合、Pと話し合って、意見を取り入れたりするんですけど、それは余りねじまがらないですよね。低予算の映画では、自分でこれで良しと思ってても、後で勝手に監督が書き直したり、書き加えたり。そのシーンで言ってることは変わらないんだけど、『言い回しが違うから監督が書き直した、共作にしてください』というようなことを言ってくるアンポンタンなPがけっこういました。
 テレビ局に勤めているPとかD(ディレクター)は、調べ方とか取り組み方とか、必死ですよね。視聴率とれなかったら飛ばされちゃうわけですから、そのへんの苦労が違うような気がします。
 映画は監督をやった方がいいと思います。監督やりますよ。三月撮るんですけどね。
 『鬼火』なんかも、作品賞や監督賞とか主演男優賞とかいっぱい取ってるけど、僕なんかは脚本が面白いからそういう評価が立ち上がると思ったら、映画の評価はそうじゃなくて、結局、ヨコハマ映画祭なんか僕の名前なんかどこにもない。新聞で映画の広告見てると脚本家の名前どこにも出てないのがけっこうありますよね。でも基本的にどんな駄目な脚本書いても、それが最初にゼロの部分から1を作って、それがあるからこうするんだとなるなら、どんな駄目な脚本でも価値はあると思うんです」

—ところで芝居の脚本はシナリオを書く以前から書かれてたのですか?
「映画の脚本の方が先です……戯曲は自分の劇団に書いた二本だけです」

*役者体験が生きる

—撮影現場は行かれるのですか?

「昨日も撮影を見てきたんですけど、中森明菜さんも根津さんも役者さんたち、専門用語が覚えにくいし、言いにくいようです。でも、基本的には、僕が書いた脚本は喋りやすいと思います。書いた後、台詞、自分で言ってみますから。どう演じればいいんですかと訊かれたら、とりあえず演ってみせることが出来る、ヘタクソですけど(笑)」

—現場を見ることは書く上で大きいですか?

「そうですね。最初は、何のシナハンもしてないので、特殊犯捜査係の部屋が一体どうなっているのかも分からないで書いていました。居酒屋にしても。でも、早いうちにセットを見たり役者の芝居を観た方が、脚本は膨らむんじゃないでしょうか」

—俳優体験は生きてますか。

「それより、劇団やってると、人間がいっぱいいて、そういうのを観察できるのが面白いですよね。自分の台詞をどう喋るのかとか。生で見てられるから」

—劇団を作ったのは何時ですか。

「93年ですね。今、この事務所の近くに広い稽古場を借りてやってますけど。ワークショップをよくやるんです。『新・悲しきヒットマン』の時にオーディションの審査員を初めてやったんです。劇団の人がくるとみんなトゥ・マッチ・ヘビーなんですよ。今はそういう時代じゃなくて、モデル出身の大沢たかおくんとか反町くんとか、そういう人のほうが好まれる。そういう人のほうが、みんなリアリティあることを知ってるわけだから。芝居芝居したことよりは。舞台と映像の切り換えがきかない人がけっこういて……ワークショップで、そういう話を演技の研究とかをやっていけたらいいなと思って……あと、監督の望月六郎さんが僕らの芝居見にきた時、『こんな小さな劇場でなんで大声出して怒鳴ってるんだ、普通に喋ったって聞こえるし、リアリティあるぞ』と、しょっちゅう言われてたので、そんなことを始めました。
 舞台は再演ばかりやってきてるんです。舞台は何回もやれますし、役者を変えれば新作みたいになりますし、別の方が演出すると違う舞台になりますし」

* 役者としてレギュラー体験あり

—もともとは映画指向なのですか?

「いや、フジのコンクールに出したくらいですから、テレビが書ければいいなと思ってたんですよ。声をかけてくれたらいいなと。でも、最終選考に残ったけれど誰も声をかけてくれないし、テレビの敷居って高いから持ち込みもしにくい。それで映画に持ち込みをしたんです」

—得意分野はやくざもの?

「本当はお笑いが好きなんです。フジに出したのもコメディだし。ビデオシネマのニーズがヤクザなんですよね。借りにくる若いアンチャンの好みがエッチかヤクザか金融だから。そこで仕事してるから多くなっちゃうですよね。テレビやってる人は恋愛物が多かったりするのと同じです。『ボーダー』なんかやるとこういうものが得意だと思われちゃうんでしょうね(笑)。全然得意でも何でもないんですけど。こんな過激で陰惨な話でもギャグを入れたりして……PもDも頭、抱えてます(笑)」

—役者としてテレビにも出演していたとか?

「TBSの昼ドラ『お見合いの達人』という塩田千種さんが書いたドラマに準レギュラーで出させてもらいました。そのあと『おかみ三代おんなの戦い』の時に、テレパックのディレクターの人に、その時もう『新・悲しきヒットマン』書いてたんですけど……『シナリオを書いていると言う役者さんはたくさんいるけど、実際に書いた役者さんは初めてだ』と言われました。『お見合いの達人』ではオーデションの時に、ヤングシナリオで最終選考に残ったと言ったら、塩田さんが、ライバルを増やしちゃいけないと。(笑)役を作ってくれたんです。一昨年放送の土曜ワイド『同居人カップルの殺人推理旅行』が最後の出演作品でした……この時のPには悪いけど、今だから話します。阿蘇でロケしたんですけど、宿泊していたホテルが静かないいホテルで……出番が少なくて待ち時間が長かったんです。ワープロ持ち込んで『ドーベルマン刑事』と『チンピラ』と『鬼火』を書いていました」

—ご自分で出演していて、この台本おかしんじゃないかと思うようなことがあってそれも書かれるようになった理由の一つとか・・・・・・

「台詞が類型だったり、文章言葉だったりするのはありますね。『しかし』とか『だが』とか言う人あんまりいませんよね。北野武監督の映画はヤクザでも普通の喋り方をしています。どっかで観た映画の組長然としていません。年配の方の喋り方とかよく聞いて、ナチュラルにしたほうがいいと思うんですね」

—テレビを知ってるのは武器ですね。

「アンチテーゼっていうのがあって、刑事ドラマでよくある、『××か××して××だとぉ!?』というようなオウム返しみたいに電話で聴いたことを全部喋ったりする、そういうのではない、リアリティのあるものが書けないかなと思って自分では書いてるんですけど」

*リアリティを求めて

—様式化されたものでなくリアルなものを?

「北野武監督の映画とか見て、リアリティあるそっちにあこがれましたね、大芝居しているものよりも」

—今までのスタイルではなく……

「そういうことでもしていかないとライターで食っていけないんじゃないんですか。抜け道というか。同じことしてたら入りこめない。役者だって同じですよね」

—ご自身、役者としていろいろな芝居に参加されてたそうですね。

「基本的にはリアリズムでやった上でデフォルメしていかないと。みんなデフォルメから入っちゃうからリアリズムに戻れなくなっちゃうんですね。大きな演技をしろと言われてやってると元にもどれないんですね。小さいことをきっちり出来たやつがボルテージ上げていって、デフォルメするのが状況劇場の芝居だったと思います。だから根津甚八さんでも小林薫さんでも、アングラやってたのにちゃんとドラマの繊細な芝居が出来たと思うんです。うちの芝居(“STRAYDOG”)は、客に向かって喋りません。正面、向きたい時は、演技の中で意味をつけて正面に向かうようにしてます。客に向かった芝居ばかりやっていると、映画で言えば、カメラを意識した芝居をするバカ野郎様になる可能性がありますから」

*結局は自分自身だ

「でも結局、役者もホン書きもテクニックではなくて、生き方が全部出る。それをいつも劇団のみんなにも言ってますね。ズルするなとか、ズルしてもいいけど男らしいズルしろよとか。状況劇場にいた時、唐十郎さんが言ってたこともそういうことだったんです。それが全部芝居に出ちゃうからって。表面的に嫌なやつに見えても、内面的に素敵なやつを描くにはどうしたらいいか……自分でそういう人を見てたり、いろんな映画を観てたり。それを知るのは日常生活では難しかったりする。『きれいはきたない、きたないはきれい』というのは『カッコわるいはカッコいい、カッコいいはカッコわるい』みたいな……。ただ、カッコ付けるのが格好いいんじゃないぞと。
 専門学校のシナリオ課でたまに講師で呼ばれたりするんですけど、シナリオライターになりたいやつが、教室に挨拶もしないで入ってくるんですね。監督やプロデューサーとコミュニケーションをとらないといけないのに、人として何か勘違いしている。そういうことをちゃんとしていかないと絶対なれない。コミュニケーションがとれないと絶対だめです。自分の意見を言わなきゃならないし、聞かなきゃならないし。
 役者も脚本家も、それを職業として生活していける人っていうのは、自分がなれたから言うんじゃないですけど、東大出たり、医者になったりするより少ないわけじゃないですか。監督にボロボロにされておかしくなっちゃった脚本家も知ってますけど、タフじゃないとやっていけない仕事だし、腹くくってやらないと、そう簡単にはいかないと思います。
 今の状況から言うと。脚本家になるんだったら映画よりテレビを目指したほうがいいと思いますよ、はっきり言って。映画の脚本は監督が書けばいいんですから。映画やりたいなら監督を目指したほうがいい。
 初めてテレビ局の顔合わせに行って、テーブルのど真ん中に座った時はシビレましたよね。プロデューサーが僕の左右に二人づつ坐って、僕が真ん中に座って、中森明菜さんが座って、監督が座って。映画の顔合わせといったら、呼ばれないことがほとんどだし、呼ばれても脚本家は邪魔にならないよう、隅のほうに座らされてますからね。(笑)」

1999.2月号「月刊ドラマ」


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