ESSAY

   
森岡利行

この小説に出会えたこと


 その昔、演劇がブームで役者を目指していた20代の頃、キレたことがある。
 それは劇団の新人歓迎パーティのことだった。生意気な新人がいて、酒の勢いもあって、ビール瓶で殴り倒してしまったのだ。新人は何針か縫う大怪我となり、私は警察の厄介になってしまった。目黒署に連行され、事情聴取された後、劇団の座長が身元引受人になってくれたが、私は謹慎を申しつけられた。
 数日後、その新人のアパートを訪ね、謝罪し治療費を払って手打ちとなり、私は運よく犯罪者にならなくてすんだ。それから謹慎が解け稽古場に顔を出すと、
「酒の席のことだし、幸い相手も大したことなかったら、気にしないで」
 劇団の主演女優で座長の奥さんに優しく声をかけられた。(大したことはあったのだが)後で劇団員から訊いた話、その主演女優は私の起こした事件で一週間寝込んでいたそうだ。
 あれから何年か経ち、役者から脚本家になった私は真保裕一さんの小説『繋がれた明日』と出会った。
 主人公・隆太は、過剰な暴力から自分を守るために相手を死に至らしめ、刑務所に送られ、保護観察処分となり仮出所する。 だが、そう簡単に世間は許してくれない。昔の仲間も恐喝に彼の罪を利用する。
「誰でもキレることはある。俺達は運が良かっただけだ」
 そう言う仲間に対して、
「その運大事にしろよ」
と隆太は答えた。
六年間、ムショの暮らしをしても尚、隆太は全てを他人の所為にし、あくまで自分の正当性を主張する。そして、理解のある職場の社長の元、働き始めた直後、彼の周辺に“こいつは人殺しだ”と過去を暴露するビラが撒かれた……。
 物語はそんな隆太が保護司、母親、妹、職場の仲間に支えられ、心の底から罪を悔やむことが出来るのかを丹念に描き、被害者の遺族、第三者などそれぞれの立場で考えさせられる。
 「刑が終わったことで罪を償ったことになるのか?」
 物語の中盤、被害者の恋人が保護司に問いかける言葉が重く、登場人物や読み手にのしかかる。
 今、この小説に出会えたこと、映像化のチャンスを与えてもらったことを含め、またあの事件を思い出し、改めて私は運が良かったのだと実感している。
 「おまえら毎日恋愛のことしか考えてないのか、少しは仕事しろよ」的で「何回偶然出会ったり交通事故すれば気が済むンだ」的なお気楽で金持ちだらけの恋愛モノや、「視聴率取れればナンだってアリさ」的な難病モノ、「芝居の出来ないジャリタレばっかりで、みんな同じ顔に見えちゃうよ」的な学園モノなどが幅を利かす昨今のテレビドラマ界にあって、本作のような重いテーマの小説が映像(脚本)化出来ることを幸福に思いながら、原作に忠実に脚本を書かせてもらった。よく、原作をほとんど変えましたと誇らしげにのたまう監督や脚本家を見かけるが、「だったら原作使うなよ」と言いたい。そういうのにかぎって小説を越えられていないのだ。
 役者に、台本を読むとき、「セリフとセリフの行間を読め」というが、脚本家も同じである。小説を脚本にするとき、その作業が一番楽しい。(因みにアメリカのアカデミー賞ではオリジナルを脚本、原作モノを脚色という)
 是非、小説と三月四日土曜日の夜十時から四週に渡ってNHKで放送されるドラマを見比べて欲しい。どこがどう膨らんでいるのかを。
 真保さんの小説は秀作が数多く上梓されているが、映像化は山崎まさよし主演の連続ドラマ『奇跡の人』、織田裕二主演の映画『ホワイトアウト』に続いて本作が三本目と訊いた。『ホワイトアウト』に至ってはご自身で脚本を書かれたとか。希少な映像化のチャンスを与えてくれた真保さんに感謝である。
 キャストは主人公の隆太に青木宗高、保護司に杉浦直樹、母親に銀粉蝶、妹に吉野紗香、職場の社長に渡辺哲、職場仲間にでんでん、梅垣義明、脇知弘、被害者の母に藤真利子、他に馬渕英里何、佐藤仁美(敬称略)、演技派が勢揃い、皆さん役にバッチリはまっている。
 これは全くの偶然なのだが、主役の青木宗高くんは私と同じ中学出身で、母親役の銀粉蝶さんは冒頭に書いた小劇団の主演女優である。本作品のキャスト・スタッフ顔合わせがあり、NHKのスタジオで十七年ぶりに再会した。申し訳ないやら恥ずかしいやら懐かしいやらで、この場を借りてお詫びしたい。
 銀粉蝶さん、あの時は、本当にすみませんでした!

2006.2月「一冊の本・最初の読者から」(朝日新聞社刊)


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